OPERA
私はアマチュアオペラ歌手でもある。声種はバリトン。十年前、二期会テノール大森誠先生の門下生となった。定期的に個人レッスンに通い、年一回の発表会にはほとんど欠かさず参加している。その縁もあって、東京オペラシティの近くに小さな音楽ホールを設計したこともある。音楽との関わりから音響学に関心を抱き、学会にも入会した。
少し慣れてくると、色々な活動に手を出すようになり、有志コンサート、市民コンサート、ピアノ発表会のゲスト、アマチュア団体のオペラ等に出演した。オーディションを経て音楽事務所に登録すると、結婚式場の聖歌隊の仕事が入るようになり、本業よりも歌のほうが忙しい時期もあった。
歌の活動で色々な仲間ができた。驚かされるのはアマチュア音楽家仲間のパワーである。オペラの公演を実現させるのは並大抵のことではない。演目を決め、会場をおさえ、自分達のやりたい役を確保(これが重要)したうえで、その他の出演者や合唱団を募り、資金を調達して、指導者や伴奏ピアニストやオーケストラを雇い、大勢のメンバーの予定を調整して稽古のスケジュールを立て、大きなプロジェクトを何ヶ月もかけて進行していく。自ら出演者とスタッフを兼務する激務にも耐え、気力も体力も時間もお金もかかることを実際にやりとげてしまうのだから、ただただ敬服するばかりである。
こうした団体を取り仕切るのは、大抵が子育てを終えた世代の精神的、時間的、経済的にゆとりのある女性達である。彼女達の一声で、個性的な人々が一同に団結し、自治体も協賛金を提供し、オペラは成功へと導かれていく。歌唱力と美貌もさることながら、名実ともに「プリマドンナ」である彼女達の手腕、社会性の高さには畏敬に値するものがある。不況の最中にも彼女達のような「プリマドンナ」が活躍し、アマチュアオペラが活動していける土壌があるのはすばらしいことだ。日本の大衆の文化レベルもなかなか捨てたものではないと思う。
男性のアマチュア声楽家は希少なので、私のような者でも一度でもアマチュアオペラに関わると、「プリマドンナ」達が放っておいてくれない。オペラ出演やコンサートの依頼が来ることも度々であり、誘惑に攻しきれず『フィガ□の結婚』の主役フィガ□や『カルメン』の闘牛士エスカミーリョといった役で舞台に立ったこともある。
幸いにも声と肺活量には恵まれていたらしく、何度か師匠にコンクール出場を薦められた。真剣に考えてみたこともあるが、本業が軌道にのってきた今、歌のプロへの道はきっぱりと断念することにした。体と精神が健康でないとよい声は出ない。舞台で歌う前には睡眠を充分にとり、風邪にも気をつけ、無理な仕事は控えなければならない。したがって、歌と仕事(特に建築設計のような)は両立できない。イタリア語の「opera」には「作品」という意味もあるが、建築家である私のオペラは、流れ去る音楽とはちがって形に残る。
とは言え、歌と縁を切るつもりは毛頭ない。コンサートの度に心身ともにリフレッシュできるし、竣工式の余興にも最適なので、仕事とのバランスを考えながらこれからも歌い続けていきたい。
*このコラムは、「建通新聞 神奈川 平成15年6月6日『遊歩道』」に
掲載された文章に改訂を加えたものです。
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余興に「歌」を披露しました。
ロッシーニ作曲 歌劇『セヴィリアの理髪師』から<何でも屋の歌>
本田夫妻と


